エネルギー自給率がすでに70%に達している長野県。豊富な水力や日射条件に優れた太陽光など、自然エネルギー資源が豊かな同県は、自然エネルギーを積極的に活かして地域経済の活性化をめざしています。長野県が、次々と先進的な政策を進める理由と今後のビジョンについて、環境エネルギー課企画幹の田中信一郎さんに話を伺いました。(インタビュー:高橋真樹)
県民生活を圧迫する光熱費
私たちは、これから地方が生き残っていくためには、エネルギーが大きなカギを握っていると考えています。長野県は「環境エネルギー戦略(第三次長野県地球温暖化防止県民計画)」を2013年2月に策定しました。この戦略は議論を重ね、1年半のプロセスを経てようやく策定されたものです。もちろん、温暖化対策という意味ではすべての県が取り組んでいます。しかし長野県ではそれに加えて、エネルギー政策を通して地域経済を活性化させることを大きなテーマとしているという点で、他にはない特徴があります。なぜエネルギー戦略による経済成長が重要と考えたのでしょうか?
長野県では2000年以降、県民所得が右肩下がりに減っています。逆に光熱費は増加傾向にあります。(※)原因は、国際石油価格の高騰によるものと認識しています。国際エネルギー機関は、今後も国際価格が上昇すると見ています。そのことは、今後はエネルギー消費を増やさず、たとえ今まで通りに暮らしたとしても、県民の光熱費負担が増えていくことを示しています。
長野県全体から、毎年どれくらいエネルギー費用を海外に支払っているか、正確なところは不明ですが、国の化石燃料輸入額から2008年度だけでも約4,000億円程度ではないかと推測されます。これは、県内の主要産業の生産額に匹敵する額が毎年流出していることを意味します。
長野県はなぜ自然エネルギーと省エネを推進するのかという理由が、ここにあります。環境を守り、経済成長を促し、地域を活性化させるカギがエネルギーにあるのです。そのため、現在エネルギーを購入するために地域の外に出て行っているお金を地域で循環させる仕組みをつくることで地域を活性化させるというのが、長野県のエネルギー戦略の軸になっています。
ではどうやって自然エネルギーで地域活性をすすめるのでしょうか?自然エネルギー事業には、利益の大半が域外の大都市に行く中央主導型と、利益の大半が域内で循環する地域主導型の2種類があると考えています。長野県としては、中央主導型の事業を妨げることはできませんが、地域主導型の事業を後押ししていきます。
国のFIT(再生可能エネルギー固定価格買取制度)により、自然エネルギー発電が事業として成り立つようになりました。国が必要条件を整えたので、地域主導型の事業を促進する十分条件を整えることが、県行政の重要な役割だと考えています。
※ 一人当たりの県民所得は2000年度に3,131,000円が、2008年度には2,731,000円(−12%)に下がっている一方、一人当たりの光熱費は2000年度の200,628円が2008年度には294,816円(+47%)に増加している。
地域でお金を回す方法
例えば、長野県飯田市では「地域環境権」と呼ばれる条例を定めています。そこでは地域のエネルギー資源は地域に還元されるべきことが謳われていますが、このような考え方はとても重要です。
そのような情報を共有し、各自治体が導入しやすくなるように、県と市町村とで年4回程度の研究会を実施し、意見交換を行っています。また、地域で資金を回す仕組みをどのようにつくるかをテーマに、県内の金融機関とも研究会を重ねています。
長野県では「1村1自然エネルギープロジェクト」を掲げ、太陽光や水力、バイオマスなどエネルギーの種別ごとの促進策も実施しています。また、地域単位では20ほどの自然エネルギーを推進する地域協議会が産学民官の連携で立ち上がっています。全県レベルの産学民官連携組織としては、自然エネルギー信州ネットがあります。また昨年末からは、地域主導型の自然エネルギー事業を伴走しながらサポートするための一般社団法人自然エネルギー信州パートナーズも設立され、事業化も進んでいます。
県自らの進めているプロジェクトとしては、2013年から稼働している「おひさまBUN・SUNメガソーラープロジェクト」があります。これは、県の所有する施設の屋根を岡谷酸素株式会社に貸したのですが、公共施設の屋根貸しは手段であって、目的ではありません。岡谷酸素には、事業に係るデータをすべてオープンにしていただきます。また、売電収入の一部を信州ネットに提供していただき、信州ネットは岡谷酸素からの情報やデータを整理分析して、県内にノウハウを広めるという流れになっています。ノウハウ普及の一環として、建設中から現地見学会を開催し、好評を博しました。
この事業では地域への経済効果も分析していて、ランニングを含めた事業費総額の87%が県内に回り、地域への経済効果が20年間トータルで10億円近くになることがわかっています。
省エネの基本は「かしこく」「とくする」
自然エネに加えて、省エネ政策にも積極的に取り組んでいます。
年商1億円の企業を例にとると、年間光熱費が売上の3%であれば300万円かかっていることになります。その10%を省エネして削減したら、30万円です。その分はすべて純益になります。純益が30万円ということは、1,500万円の売上を上げるのと同じ計算になります。(※)その金額は大きいですよ。省エネは売上アップと同じ純益をもたらすことになるのですから。
省エネのポイントのひとつは、ピーク電力を抑制することです。これを「かしこく」コントロールできれば、生産量を落とさずに純益を増やすことができます。経済的に見れば、こんなに良いことはありません。省エネというと「気合いと根性」に頼る風潮がありますが、私たちが提唱しているのは、このような「かしこく」「とくする」省エネです。
この観点から、一定規模以上の県内事業者に、温暖化対策(省エネ)の計画書を提出していただき、県が専門家と協力して助言・評価する仕組みを本年4月から導入しました。東京都が排出量取引制度の前に導入していた制度とほぼ同じ制度です。
※ 売上に対する営業利益率を2%として計算した場合
地域経済を筋肉質にしていく
このように、長野県では省エネでエネルギー費用の抑制を構造化することで、地域経済を筋肉質にしていくという考え方で取り組んでいます。そのため、事業者向け制度だけでなく、住宅も含めた建築物でも新たな制度を導入しました。本年4月から施行しています(※)。
これは、建物を建てる前に、建築主に対して、省エネ性能や自然エネルギー設備の導入について検討することを義務づける制度です。とは言え、たいていの建築主は建築やエネルギーについて素人ですから、検討してくださいと言われても困ってしまいます。そこで、建築事業者に「建物の断熱性能や自然エネ導入検討に必要な情報を提供してください」という努力義務をお願いしています。それによって、建てる前に、自分の家の光熱費の目安がわかるようになるのです。すると、例えば光熱費を減らすために、工事費を追加して断熱性能を上げるか、それとも工事費を惜しんで、高い光熱費を払い続けるか、トータルの金額を見ながら選択できるようになります。通常、建物は長きにわたって使う大切な資産ですので、合理的に考えれば、ランニングコストを安くすること、すなわち断熱性能の高い建物を選ぶでしょう。
事業者が建築主へ客観的に分かりやすく説明できるよう、県では指定した評価ツールの普及講習会を事業者向けに実施しています。評価ツールとは、建物のデータを入力すると、光熱費などの分かりやすいかたちで建物の性能を示すことのできるソフトです。例えば、その一つとして、エネルギーパスを指定しています。これは、ドイツでの評価義務づけで用いられているツールの日本版です。また自然エネルギー導入についても、県でマニュアルを作成し、メリット・デメリットを勘案して、説明できるようにしています。
このように、イニシャルコストだけでなく、ランニングコストも合わせて合理的に検討された建物が増えることは、建築主にとってトータルコスト削減のメリットが得られるだけでなく、建築事業者も1件当たりの受注額増加というメリットが見込めます。建築は地域経済の屋台骨ともいえる産業ですので、本制度が地域経済の活性化と安定化に寄与することも期待しています。
※ 300㎡以上の建物は2014年4月から、300㎡未満の建物は2015年4月から義務化される
環境と経済の相乗効果をつくる
「長野県環境エネルギー戦略」における基本目標は「経済は成長しつつ、温室効果ガス総排出量とエネルギー消費量の削減が進む経済・社会構造を目指す」というものです。デカップリング政策といいます。戦略の上位にある総合計画「しあわせ信州創造プラン」においても、経済政策(「貢献」と「自立」の経済構造への転換)として位置付けています。「地勢と知恵を基礎とした環境・エネルギー自立地域の創造」として、全庁的にこの方向性で取り組んでいます。
2013年2月に環境エネルギー戦略を策定し、同年3月に地球温暖化対策条例を大幅改正したのですが、それに当たっては1年半にわたり議論と検討を重ねてきました。審議会での専門家による検討と同時に、県内の経済団体や環境団体、専門家団体などの代表が一堂に会して議論する「ステークホルダー会議」も二度にわたり開催しました。パブリックコメントはもちろんのこと、県内10か所で公開の意見聴取会も開催しました。多くの県民との対話が、新たな政策の基盤になっているのです。
また環境政策と地域経済の相乗効果を生み出す考え方や仕組みについては、海外の事例にも学びました。特にドイツの取り組みは大きな参考になりました。ドイツでも自治体が環境エネルギー政策に取り組んでいます。その考え方は次のとおりです。
地域では使うエネルギーの多くを域外から購入し、その分の資金が域外に流出しています。そこで、地域の資源を使って域外にエネルギー(電気)を売るとともに、省エネによって地域の雇用を増やしつつエネルギー使用量を減らし、遠くに運びにくいエネルギー(熱)を域内へ供給することで、地域に入ってくる資金を増やし、域外に流出する資金を減らし、域内での資金循環を拡大しようとしています。
実際、ドイツ南部にある人口約400人のマウエンハイムという農村では、こうした取り組みをしているそうです。以前は村のエネルギーは全て外から購入していたため、年間で約3,000万円の光熱費が外に出ていました。しかし現在、バイオマス事業を中心に電気と熱エネルギーを生産するようになり、光熱費の支払いがなくなった上に、村外から多額の収入が入るようになっています。
長野県でも同様の取組を後押ししようと支援策を考えています。例えば、地域の方たちが自然エネルギー発電事業をするときの資金調達を促進する補助や熱利用の調査・設備費の補助など、資金的な支援から、小水力発電に係る県のもつノウハウを部局横断で提供する小水力発電キャラバン隊など、知見に係る支援まで、地域主導型の自然エネ事業を促進する観点から施策を構築しています。
長野県にも多くの小規模自治体や集落、農山村があります。小さな集落でも生活できる基盤として、エネルギーの視点を提示していきたいですね。長野県の冬の気候は、ドイツと似ていると言われていますが、今後はエネルギーの分野でもドイツと似ていると言われるよう政策を進めていきたいと思います。
(インタビュー:高橋真樹)